南蛮漬けの味に適材適所ということを思う


春になった。


隣に住む母が、南蛮漬けを持ってきてくれた。


「春の鯛だよ。」


鯛の南蛮漬けは珍しい。


母は、魚の行商を50年以上やっている、高校時代の同級生から南蛮漬けを買う。魚種は、トラハゼか、アジのどちらかだ。ここの南蛮漬けは、美味しくて大変人気がある。最近では、東京にまでクール便で出荷するという。


ところで、南蛮漬けの定番と言えば、やはりトラハゼであるように思う。アジの南蛮漬けもおいしいが、トラハゼの南蛮漬けには翼が生えているような気がする。他の言い方をすると、南蛮漬け以外に、トラハゼの料理をあまり知らない。トラハゼのために南蛮漬けという料理が生まれ、南蛮漬けという料理のためにトラハゼが生まれた(そんなことはないのだが)という感じなのだ。


さて、春の鯛の南蛮漬けが来た。春の鯛は美味しい。その春の鯛で作った南蛮漬けだ。口に入れた時の印象は、


「案外おとなしいな」


という感じ。期待が大きいから余計にそう思うのかもしれない。慎重に二切れ目を口に運ぶ。今度は、しっかりと噛んで味を逃がさないようにした。すると、


「なるほど、タイだ。美味しい。豊かで繊細な味をしている。」


鯛は魚の王様。どんなに料理しても美味しい。ましてや刺身などのガチンコ勝負で大いに力を発揮する。王の王たる所以だ。しかし、トラハゼの南蛮漬けを口に入れた時の「体験」はこの春のタイを凌ぐように思われた。


自分の居場所を見つけるということは幸せなことだ。何かと波長が合った時に、その素材がどれだけ力を発揮するか、そんなことを思い知ることとなった。


行商50年の魚の達人は、魚の特徴を知り尽くしながら、あえて春の鯛で南蛮漬けを作るという洒落っ気を出したに違いない。  

  

2021/4/8



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