教員の一言

更新日:5月13日





僕が学んだ、東京造形大学の彫刻科には、彫刻家佐藤忠良先生がいらっしゃいました。


それもそのはず、佐藤先生は、大学の設立メンバーなのです。


佐藤先生は当時、日本の具象彫刻の重鎮で、なんでも、作品の価格は日本で一番高いといわれていた先生です。


 当時、すでに高齢の先生は、運営は教授の先生方に任せて、確か、、(はっきりおぼえてなくてすみません.)月に一度ほど、クラスに顔を出されて、指導をされていました。


 先生がクラスに入ってくるときは、ほかの先生方も大挙して、一緒に教室に入ってきます。なにせ、先生は彫刻界の重鎮なのです。


クラスメートの間でも、「今日は佐藤先生が来ているぞ」といった噂が、ざわざわと、

そこかしこに流れていきます。何となくそわそわしながら、自分の粘土に向かい合っていると、突然ドアが開いて、佐藤先生を先頭に、ぞろぞろと、教授陣が入ってくる。一気に緊張が教室全体を包みました。


佐藤先生は、黙って全体に目を凝らし、そして一人一人に話しかけていかれます。だんだん先生が近づいてきて、いよいよ自分の番か、というときには、それだけで、うれしいやら、ドキドキするやら、何とも言えない気持ちになったものです。これは僕に限らずほかの学生にとってもそういうものでした。


さていよいよ、自分のところに先生がやってきました。先生は、僕の作業中の裸婦像を見るなり、ちょっと苦笑しながら、ほかの先生方を振り返ってこう言いました。


「こいつは天才だからなー」


僕はと言えば、緊張のあまり、話しかけられた先生が、どんな顔をしてそれを聞いていたかさえ、覚えてもいません。



その時の僕の作品は、決して褒められた状態ではありませんでした。胸と脛のあたりから心棒が飛び出していたし、粘土は乾き、ひびが入って今にも崩れ落ちそうになっていました。


こういう現象は、制作者が冷静さを欠いて、どんどん前のめりになった時に、よくある事です。当時の僕の仕事はいつもこんな感じでした。


それから、先生は、「小さなところが大事なんだよ。」と言われて、私が制作中の裸婦像のくるぶしあたりを、ぐっぐっ、と押して、次の学生に向かわれました。


あれから30年以上がたちます。しかし、この時の先生の、「こいつは天才だからなー。」と「小さなところが大事なんだよ。」という言葉がいまだに忘れられません。


実はもう一つ、先生の言葉で、今でも覚えているものがあります。僕がまだ大学1年生の時に、初めての裸婦を小さいサイズで作る授業がありました。その時にも、先生に声をかけられました。その時の言葉は、


「仕事はいい。」


でした。


それは、僕が試行錯誤しながら、粘土をつけたり削ったりしている、その仕事の進め方のことだったに違いはないのですが、今まで彫刻の仕事を続けてきて、


「あれはいったい、何のことを言っていたんだろう?」


と考える時があります。


言葉というのは不思議なもので、たとえ自分がどんな状態であろうと、作っている作品がどうであろうと、褒められたらうれしいものです。


確かに、「こいつは天才だからなー」と先生が言われたときは苦笑交じりで、冗談ともとれるものです。しかし、そういわれた学生がどう感じるかを、考えないでものを言われる、先生ではないということは、直感で分かりました。


また教える側というのは、やはりそれなりの経験を持っているもので、その人が発する言葉というのは、そういうものを含んでいるものです。その部分は当の学生にはわかるべくもありません。


ですから、教師の言葉というのは祈りに近いものかもしれません。学生はその言葉の意味を、自分の行動によって、追体験していく道を、歩むことになるのです。


そのことは、後に佐藤先生の著作を読み、雑誌の対談などを読み、作品を見ていくことによっても、より理解することができるようになっていきました。そして自分の制作者としての、歩みのすべてを通して、今も深め続けています。


それは、先生の一言に始まっているのです。




2020/10/27



勇気をもって進むことと我が師は言えり 2008年制作

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