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雲航記


 

久しぶりに飛行機に乗った。朝一番の東京行JAL便。

 

早朝の長崎は雨。薄暗い冬の滑走路を、ぎゅーん、と一気に駆け上がった飛行機が、雨雲を突き抜けると青空であった。

 

受付のカウンターでは、いつものように、ご希望は窓側?それとも通路側?と聞かれたので、少し考えるふりをして、「窓側で」と答えた。少し迷ったふりをしたのは、すぐに窓側を選んで、子供っぽく見られることを恐れたおじさんの見栄だ。

 

ともあれ、首尾よく翼の前あたりの窓を独占した私は、額をガラスにピタリと付けて、蒼い空の下で雲が移り行くさまを目で追った。

 

ひとしきり外の世界を見やると私は満足して正面に座りなおした。座席の後ろに挟んであるJALの”旅の雑誌”をぱらぱらとめくる。

 

どの記事を見てもあまり興味がわかないのは心が歳を取ったせいか?フームと思っていると、浅田次郎氏のエッセイが目に留まった。第227回とある。ずいぶんと長い連載だ。そう言えば、以前飛行機に乗った時も浅田氏のエッセイを読んだ気がする。よほど、氏の話は旅人の心をとらえるのだろう。「回転扉と自動ドア」というエッセイを楽しく読んだ。


 今度は一寝入りだ。前の晩はあまり寝ていない。シートに寄りかかって目を閉じた。せっかくの空の旅を満喫しようと躍起になっているな、と思う自分がいる。

 

少しまどろんで目を覚ますとすっきりとした気分だ。再び私が窓に目をやった時、外にはいまだ雲海が広がっていた。今日は長崎だけでなく、全国的に雨なのだろう。

 

ああ、雲はきれいだな。美しい白いうねりが、空の彼方へと続いている。

 

私は地上にいるときも雲を見るのが好きだ。久しぶりに飛行機から見る雲海はいつまでも私の心を離さなかった。下の世界から見るとき、雲が動物の形に見えたりする。上空から雲を見下ろしても、同じように動物のような形を表すことがある。雲は生き物である。

 

雲はうつりゆく うつりゆく

 

目的地の東京も近いと思しき頃、私は雲の上にあるものを探していた。富士山だ。学生のころ鈍行列車で東京から帰省するとき、富士山の近くを通った。富士宮駅に列車が近づいてくると、私は視界に富士を探した。私が富士はこのくらいの高さだろうと想定したあたりを眺めていると、富士の高嶺がはるかその上空に姿をあらわした。その時私の心は激しく感動したものだった。

 

はたして、雲海の彼方に富士が姿をあらわした。白い雪をかぶり、ややかすんではいたが、白い雲たちを従えてそびえる姿は、私の心にあの学生時代と同じ感動を呼び起こした。やはり富士はどこから見ても富士であった。

 

私がバシャバシャと夢中になってケイタイのカメラのシャッターを切っているのを見て、通路側に座っていた女性は、窓側を選ばなかったことをきっと後悔しているに違いないと、私はひそかに思ったものであった。

 

2024/1/28



遥かなる雲海


雪をかぶった富士の姿

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