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ロダンの思い出


  学生時代に、近代彫刻の父、オーギュスト・ロダン展を観に行った。会場は渋谷だったから、たしか文化村だったと記憶する。会場に居並ぶ彫刻たちは、初めて見るものも多く、それだけに私の想像をはるかに超えるものであった。

 それらは一言で言うと、「無限」であった。それほど大きくない会場に無限が広がっていた。確かに芸術とはかくあるものであろう。無限の空間に我が魂を羽ばたかしめるがごとくであった。


 そして、それは同時に自分がいる場所から、この彫刻たちが無限の距離を隔てた場所にいることを、私に突き付けていた。私は一瞬絶望を感じた。しかし、幸か不幸か夢想家の性質を持つ私は、この道をあきらめる代わりに、自分の前に立ちふさがる無限の道のりにロマンを感じてしまったようだ。40年近くたった今でもそのロマンの途上にいる。


  無限とは文字通り無限のことで、先の見えないその道を征くならば、もとよりアトリエでの私は、無理筋な仕事を続けているということになるのだろうか。熟練というものが訪れないのもこの種の仕事の特徴だ。作品とはいつも自分のキャパシテイーを超えたところにあるような気がしている。こんな仕事はつらいのではないか?確かにそうなのかもしれない。それでもロマンの方に心を惹かれる。未知を友とするのだ。


  ロダンの作品は、見かけの派手さとは裏腹に、ち密な分析と作業が積み重ねられている。ロダン曰く


「彫刻の仕事には岩に染み入る辛抱強さが必要だ。」


 ロダンのような精緻な思考は私にはどうも難しい、私がやっているのはもっぱら、行きつ戻りつの泥仕合である。しかし、ああ確かにそうだ、と相槌を打つことも多少は出てきた。つらいことはない。無限への道は静かで深い喜びの道である。


2024・1・19



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