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富士山 私の彫刻思想

更新日:2020年7月13日


2013年ころであったか、富士山が世界文化遺産に認定された。自然の山岳が文化遺産にということで話題になった。登録名は「富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」である。富士信仰についてはあまり知らない。古くは万葉集にその記述があり、中世以降、富士を神ともたたえる富士信仰は大変活発なものだったらしい。芸術の源泉ということでは、先ほどのふれたように万葉集などのの昔から歌の題材としても多く読まれ、雪舟、北斎、広重と、多くの日本絵画にも登場する。特に浮世絵の北斎や広重などはヨーロッパでジャポニズムの旋風を巻き起こし、ゴッホやゴーギャン、モネといった画家、音楽家ではドビュッシーなどに大きな影響を与えた。芸術の源泉という意味では、富士山は、世界を巻き込むほどの影響力を持っていたのである。 彫刻思想とは大げさだが、私はある時期から、富士山を私の彫刻の理想としてきた。富士山は見ての通り、すそ野を広く大地に広げ、その頂はまっすぐに天にそびえる秀麗な姿である。


私は彫刻というものを、てこでも動かないような安定感とともに、すっと伸び行く飛翔感が一つのフォルムの中に内包されていなければならないと思っていた。これは古代の彫刻や近代の巨匠の彫刻作品に至るまで、私が観察してきた結論であった。もちろん私自身もそのようなフォルムを目指して仕事をしている。 富士山は最も安定した形であると同時に、天に開け放たれた爽快な飛翔感をその姿に持ち合わせている。私は富士山こそが彫刻の理想と、日本の秀峰に思いを重ねることで、ひそかな喜びとしてきた。しかしそれは単なるイメージの語呂合わせではないのである。 富士山を実際に目にしたことがある人は、その優美な姿に心をうたれる。それは富士の放つある種の力そのものであろう。 学生時代の話になるが、私は大学のある東京から帰省する際は、鈍行列車を使って九州まで移動した。そのほうが経費を節約できるし、旅の途中でいろいろなところへ立ち寄ることができたからだ。列車がだんだん富士山に近づいてくることを知って、車窓に、富士山は大体これくらいの大きさだろうと、イメージしながら外を眺めていると、私が想像したよりはるか上空に、富士の高嶺がそびえるのを目にして、心底驚くとともに、深い感動に包まれたことを覚えている。 ちなみに現代美術家の宮島達男氏も、新幹線で移動の際、私と同じ体験をしたそうだ。氏は富士山は毎回自分の想像を超えてくる、これはすごいことだ。ミケランジェロなどの最高峰の芸術に接するときも同じ体験をする、と著書の中で述べている。 私は、先に述べた彫刻の特質、深い安定と飛翔感を併せ持ったフォルムの特質というものを、まさしく生命の特質であるとも考えている。 私は、生命ある彫刻を作りたいと思っているのである。

2009 iwo


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